記憶を思い出す一番のきっかけは、その当時と同じ気分になっていることだと思う。今日は朝からポツポツ雨が降っているからか気分が落ち込んでいて、小学校四年生の時のチャンネルに周波数が合った。
小学校四年生の頃、私は毎日母から怒鳴られ、叱られていた。内容はほとんど覚えていないが、些細なことから始まり人と比べられ、人格を否定されていた。叱られながら、頭の中で学習したばかりの慣用句「揚げ足取り」が回っていたのを覚えている。
あまりにも毎日怒られるので、私は死ぬことにした。正確に言うと、「あと1000回怒られたら死ぬ」ことにした。日記にしていたノートに、怒られるたび死までのカウントダウンを記録した。「あと996回、死んだらどうなるのかな」「あと989回、どうやって死ねばいいだろう」。
そんなカウントダウンをしていた日々のさなか、数ヶ月入院していた担任の先生が亡くなった。優しい女性の先生だった。まだ40代くらいだったと思う。いまだにその知らせを受けた時のことを覚えている。今日みたいにくもりの嫌な天気の日だった。フレンドリータイムといって、下級生とペアになり上級生が下級生の面倒を見るイベントが朝からあった。そのフレンドリータイムが終わって、下級生の子が教室に帰ってすぐに、真剣な顔をした男の先生が入ってきて、とても嫌な感じがしたのを覚えている。そして、入院していた担任の先生が亡くなったと告げられた。
そのあと他の生徒達がどうだったか覚えていない。小学四年生だし、すごく取り乱したり、泣いたりしていただろう。私はすごく泣いた。少し前に入院している先生宛に生徒全員で色紙を書いたのを思い出していた。私たちは先生の病状を何も知らされていなかったので、私は呑気にも「先生早く良くなって戻ってきてね」と書いていた。今思うと親たちにはもっと重い病気だということがわかっていたのだろう。もしかしたら戻ってこないかもということも。そんなことも知らないで、何の気なしに書いた自分の言葉が先生を苦しめたかもしれないと、ひどく自責の念に駆られた。
先生のお通夜かお葬式に、クラスの子どもたちの多くが参加した。私にとって人生初めての葬儀だった。親族席に、先生の娘さんたちがいた。まだ若かった。たぶん今の私より若い、20歳前後の人だった。親族の方を始め、多くの知人友人、そして生徒たちが先生の死を悲しんでいた。私は「先生の身代わりに自分が死ねば良かった」とそんなことばっかり考えていた。「自分が死んでも誰も悲しまないのに、どうしてこんなに人に慕われている先生が死んでしまったのだろう」と。
それからしばらくは「死んでしまった先生」と「死にたい自分」について考えていた。傍目から見ても落ち込んで見えたのかもしれない。だから母は私の部屋を家探ししたのだろう。そして、母に「死へのカウントダウン日記」が見つかってしまった。
学校から帰ってきたら、例のノートを前に正座をさせられた。そして母は泣きながら怒った。何でこんなことを書いたのだと。私は何も答えられなかった。怒鳴られた時はいつもそうだ。口が重くなって声が出なくなる。母はいつものように怒鳴りつけて、最終的にノートを没収した。
それから母は以前と変わらず、ほとんど毎日私を怒鳴りつけた。そのたび、私は「ノートのことを母も知っているというのに、怒鳴るということは私に死んで欲しいんだ」と思った。怒鳴られるたびに頭の中でカウントダウンを続けた。「あと◯◯◯回、耐えれば死ねる」「あと◯◯◯回、死ねば解放される」と思い続けて何とか自分を励ました。
怒鳴られすぎてカウントダウンするのも励ましにならなくなり、そのうちどんなふうに死ぬか、死んだあとはどうなるのか、そんなことを怒鳴られながら妄想することで魂を飛ばして精神を保つようになった。当時、ハリーポッターの最終巻がまだ発売しておらず、その発売を心待ちにしていたが、今自殺したら、最終巻が読めない。そのことだけが気がかりだった。「死んだら仏壇の前に最終巻をお供えしてくれないかな、できれば音読して欲しいけど、(私の双子の妹)ちゃんは途中で読むのやめちゃいそうだな」と思っていた。
結局、死ぬ勇気が出なくて26歳になってしまった。今はもう母とも和解し、怒鳴られることもなくなったが、「死にたい」と思うことは癖のように、今もなくならない。21歳の頃、うつ病と診断されてから5年、薬を飲んで治療をして、切羽詰まった気持ちで「死のう」と思うことはだいぶ減った。しかし、まだ死ななくて良かったのかはわからない。人生、幸せなことより辛いことが多すぎた。もし目の前に「死にたい」と泣く小学生の頃の私がいたら、殺してあげたいと思う。あまりにも可哀想だから。
しかし、最近「死ねないな」と思った。これは責任として。詳しくは書かない。でも死にたいと思ってもそれを実行することはない。私には責任があるから。責任は全うする。
1年後、5年後、10年後、生きてて良かったと思える瞬間があることを祈る。
